鶏むね肉を美味しく食べるために、パサつきを防ぐ調理方法
鶏胸肉は高たんぱく・低脂質で、ダイエット中の強い味方です。鶏むねと鶏もも肉、ダイエットに最適なのは?でも触れた通り、加熱するとパサパサになりやすいのが弱点でもあります。
このパサつき、加熱によって肉のタンパク質が変化することが大きな原因だとわかっています。この記事では、パサつきが起こる仕組みと、それを踏まえた調理の工夫を紹介します。
パサつきの正体は「タンパク質の変化」
肉には水分を抱え込む力があります。生の状態では、肉の中のタンパク質がしっかり水分を保持しています。
ところが、熱を加えるとこのタンパク質の構造が変わり、抱え込んでいた水分を外に押し出してしまいます。焼いたり茹でたりすると肉汁が出て、硬くなる理由です。
肉の中には何種類かのタンパク質があり、変化し始める温度もそれぞれ違います。比較的低い温度(40〜60℃くらい)で変化し始めるものもあれば、もっと高い温度(68〜80℃くらい)にならないと変化しないものもあります。この数字は研究によって多少の幅があるので、「絶対にこの温度」と言い切れるものではありませんが、おおよその目安として覚えておくとよいでしょう。
ポイントは、タンパク質の変化は温度が上がるにつれて少しずつ進む、ということです。この「少しずつ進む」という性質が、次の章で説明する「加熱温度によってパサつき方が変わる」という話につながります。
加熱温度が肉の中の水分に関わる
「低温でじっくり加熱するとパサつきにくい」というのは、料理のコツとしてよく言われます。これは実験でも確かめられています。
ある研究では、鶏胸肉を23℃から80℃までいろいろな温度で加熱して、重さがどれくらい減るか(=水分がどれくらい抜けるか)を調べました。その結果、温度が高くなるほど、重さの減り方も大きくなることがはっきりわかりました。
また、低温調理を使った別の研究では、60℃・70℃・80℃という3つの温度と、60分から150分までのいろいろな加熱時間を組み合わせて比較しています。その結果、水分の減り方に大きく影響していたのは「時間」よりも「温度」でした。つまり、少しくらい加熱時間が延びても、温度さえ低く抑えられていれば、仕上がりへの影響はそれほど大きくない、ということです。
この2つの研究から、「低温でじっくり」という調理のコツには、しっかりとした裏付けがあると言えそうです。
パサつきを防ぐ3つの工夫
① 低温でじっくり火を通す
一気に高温にせず、じわじわ火を通す方法です。パサつきにくくなりますが、家庭でこれをどう実現するかによって、安全性が変わってきます。
低温調理器を使う場合
低温調理器(サーキュレーター)は、お湯の温度を一定に保ち続けてくれる機械です。設定した温度を「キープする」ことを機械が保証してくれるのが最大のメリットです。
ただし、時間がかかることがデメリットです。
食品衛生法では、肉は「中心部を63℃で30分間加熱する」か、それと同じくらいの効果がある方法で加熱することになっています。厚生労働省は、これと同じ効果があるとみなせる温度と時間の組み合わせも示しています。
| 中心温度 | 保つ時間 |
|---|---|
| 75℃ | 1分 |
| 70℃ | 3分 |
| 69℃ | 4分 |
| 68℃ | 5分 |
| 67℃ | 8分 |
| 66℃ | 11分 |
| 65℃ | 15分 |
| 63℃ | 30分 |
ここで気をつけたいのは、表の「時間」は肉の中心がその温度になってから数える時間だということです。加熱を始めてからの合計時間ではありません。
食品安全委員会が公開しているデータによると、鶏むね肉(約300g、厚さ約3cm)を63℃に設定した低温調理器で加熱したところ、肉の中心が63℃になるまで平均68分かかったそうです。そこからさらに、安全のために必要な30分間の温度キープが必要になるので、合計するとだいたい100分かかる計算になります。低温調理は思っている以上に時間がかかるので、時間に余裕を持って調理するのがおすすめです。
また、肉の重さや厚みによって、中心が設定温度になるまでの時間はかなり変わります。食品安全委員会のデータでは、牛もも肉の場合、300g(厚さ3cm)なら70℃になるまで約100分だったのに対し、760g(厚さ6cm)では約180分もかかったそうです。レシピに書かれた時間をそのまま別の重さ・厚みの肉に使うのは避けて、できれば中心温度計で実際に確認するのが安心です。
沸騰したお湯に入れて火を止める方法・電子レンジで加熱する場合
沸騰したお湯に鶏胸肉を入れて火を止め、蓋をして15〜20分くらい放置する方法や、電子レンジで加熱してからしばらく置いておく方法も、家庭でよく使われています。まな板を使わずに済むので手軽ですが、安全面では注意が必要です。
沸騰したお湯に入れる方法は、最初こそお湯の温度が高いものの、火を止めた状態で放置するレシピが一般的なので、お湯の温度はどんどん下がっていきます。お湯の量を増やしたり、保温性の高い鍋を使ったりすれば、温度が下がるスピードを遅くすることは理屈の上ではできます。ただ、実際に63℃を30分間キープできているかどうかを、温度計なしで確かめる方法がありません。
電子レンジもクセがあります。電波の性質上、どうしても加熱にムラができやすく、平均としては十分温まっていても、部分的には温度が足りていないことがあります。これも、温度計を使わない限り確認しようがありません。
食品安全委員会も、こうした温度管理をしない「余熱まかせ」の調理法について、「肉の中心温度が十分に上がらないことがある」と注意を呼びかけています。また、しっかり加熱できた肉と、加熱が足りない肉とで、切った断面の見た目にはほとんど違いがないこともわかっています。「見た目で大丈夫そうだから」という判断は避けたほうがよさそうです。
まな板いらずの手軽さは大きな魅力ですが、安全性を重視するなら、中心温度計を使うか、低温調理器のように温度をしっかりキープできる方法を選ぶのがおすすめです。
② 塩やマリネ液で水分を抱え込みやすくする
塩(NaCl)には、肉のタンパク質の構造をゆるめて、水分を抱え込みやすくする働きがあると言われています。塩やリン酸塩を使ったマリネ液に肉を漬けると、加熱後の重さの減り方が抑えられる、という研究結果もあります。
こうした「塩水に肉を浸けて水分を抱え込ませる」方法は、「ブライン」と呼ばれることもあります。仕組みとしては、肉の中の塩分濃度よりもブライン液の塩分濃度が高いため、濃度が均衡しようとして塩水が肉の中に染み込んでいく、という浸透圧の働きによるものです。
食品工場などでは、リン酸塩を組み合わせたり、注入やタンブリングといった専用の設備を使ったりして、より効率よく水分を抱え込ませる工夫がされています。ただ、ブラインの土台になっている浸透圧そのものは、家庭で塩水に浸けるだけでも同じように働きます。実際、出来上がりの塩分濃度は2%程度に調整されることが多く、これは家庭の塩加減ともそれほどかけ離れていません。専用の設備がなくても、時間をかけて塩水に浸けておけば、同じ原理の効果は期待できると考えられます。
③ 片栗粉や卵白でコーティングする
中華料理でよく使われる「油通し」「湯通し」という技法では、下ごしらえの段階で肉に片栗粉や卵白をまとわせてから、油や湯にくぐらせて表面だけ先に軽く火を通します。加熱すると片栗粉のでんぷんがとろりと固まり、肉の表面に薄い膜のようなものができます。この膜が水分の蒸発を防いでくれる、というのが料理の世界でよく語られる仕組みです。
この方法は、①とは逆に、高温で一気に短時間で火を通すことを前提にしています。表面をコーティングで守りながら、短時間でさっと中まで火を通してしまう、という考え方です。
ただ、この方法について調べたところ、①のように「実験で温度と水分の関係を直接確かめた」というタイプの裏付けは見つかりませんでした。でんぷんが固まって膜になること自体は科学的に説明できる現象ですが、それが実際にどれくらいパサつきを防いでくれるのかを数字で確認した研究までは見つけられませんでした。長い間、経験の積み重ねで受け継がれてきた調理の知恵として、活用するのがよさそうです。
鶏肉を調理するときに気をつけたい食中毒(カンピロバクター)
鶏肉は、カンピロバクターという細菌による食中毒の代表的な原因食品です。市販されている鶏肉から高い確率で見つかる、という調査もあり、鶏わさや鶏たたきなど生や半生の状態で食べたことが原因の食中毒が今も繰り返し起きています。カンピロバクターは熱には弱いので、しっかり加熱すれば死滅します。
前の章でも説明した通り、安全に加熱するには温度と時間の両方をしっかり管理する必要があります。低温調理器のように温度をきちんとキープできる方法なら、厚生労働省が示す基準に沿った加熱がしやすくなります。一方、沸騰したお湯に入れて放置する方法やレンジ加熱は、温度計を使わないと基準を満たせているかどうかを確認できないという弱点があります。食品安全委員会も、温度管理をしない余熱まかせの調理には注意を呼びかけています。
また、加熱が十分かどうかは、肉の見た目(色や切り口)だけでは判断できないこともわかっています。心配なときは、中心温度計を使うのが一番確実です。特に、高齢の方や妊娠中の方、小さなお子さんなど、抵抗力があまり強くない方は、より確実な加熱(75℃で1分など)を選ぶようにしましょう。
まとめ
- 鶏胸肉のパサつきは、加熱によるタンパク質の変化が大きな原因
- 「低温でじっくり加熱するとパサつきにくい」というコツには、実験による裏付けがある
- 低温調理器は温度をしっかりキープできるので、食品衛生の基準(63℃30分など)にも合わせやすい。ただし63℃だと合計100分くらいかかるので、時間には余裕を持って
- 沸騰したお湯に入れて放置する方法やレンジ加熱は手軽だが、温度計を使わないと安全な加熱ができているか確認できない
- 片栗粉や卵白でのコーティングは「高温・短時間」の工夫で、昔から使われている調理の知恵だが、効果を数字で確かめた研究は今のところ見つかっていない
参考文献・データ出典
- Murphy, R. Y., & Marks, B. P. (2000). Effect of meat temperature on proteins, texture, and cook loss for ground chicken breast patties. Poultry Science, 79(1), 99–104. https://doi.org/10.1093/ps/79.1.99
- Murphy, R. Y., Marks, B. P., & Marcy, J. A. (1998). Apparent specific heat of chicken breast patties and constituent proteins by differential scanning calorimetry. Journal of Food Science, 63(1), 88–91.(タンパク質の変性温度帯の根拠)
- Haghighi, H., Belmonte, A. M., Masino, F., Minelli, G., Lo Fiego, D. P., & Pulvirenti, A. (2021). Effect of Time and Temperature on Physicochemical and Microbiological Properties of Sous Vide Chicken Breast Fillets. Applied Sciences, 11(7), 3189. https://www.mdpi.com/2076-3417/11/7/3189
- 厚生労働省「食肉の加熱条件に関するQ&A」https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000365043.pdf
- 食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号、食肉製品の個別規格)https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/jigyousya/shokuhin_kikaku/dl/09.pdf
- 食品安全委員会「肉を低温で安全においしく調理するコツをお教えします!」https://www.fsc.go.jp/foodsafetyinfo_map/shokuhniku_teionchouri.html
- Xiong, Y. L., & Kupski, D. R. (1999). Time-dependent marinade absorption and retention, cooking yield, and palatability of chicken filets marinated in various phosphate solutions. Poultry Science, 78(8), 1053–1059.(8%NaCl溶液を用いたブライン実験)
- Alvarado, C., & McKee, S. (2007). Marination to Improve Functional Properties and Safety of Poultry Meat. Journal of Applied Poultry Research, 16(1), 113–120. https://doi.org/10.1093/japr/16.1.113(出来上がり塩分濃度2%程度という実務データの根拠)

