「痩せる必要のない人」が、なぜ痩せたがるのか
周りを見渡すと、どう見ても標準的な体型、あるいはむしろ細身の人が「もっと痩せたい」と言っているのを聞いたことはありませんか。これは特定の誰かの思い込みというより、日本全体で見られる傾向のようです。
厚生労働省の令和5年(2023年)「国民健康・栄養調査」によると、やせ(BMI18.5未満)の人の割合は女性全体で12.0%、20〜30代の女性だけで見ると20.2%にのぼります。つまり20〜30代の女性の5人に1人は、すでに医学的な基準で「やせ」に当てはまる体型なのです。
しかも、これは最近始まった話ではありません。慶應義塾大学保健管理センターの解説論文によると、1996年の時点ですでに、20代女性の10人に1人がダイエットをしていて、そのうち60%は普通体型、15%はやせ体型だったことが報告されています。つまり、本来は痩せる必要のない体型の女性がダイエットをする、という状況は30年近く前から続いているのです。
では、なぜこんなことが起こるのでしょうか。この記事では、心理学の「社会的比較理論」という考え方をもとに、その理由を紐解いていきます。
人は「他人と比べること」でしか自分を測れない
社会的比較理論とは、1954年に心理学者レオン・フェスティンガーが提唱した考え方です。ざっくり言うと、「人は自分の能力や意見を正しく知りたいと思っているが、はっきりした物差しがないときは、他人と比べることでそれを測ろうとする」というものです。
たとえばテストの点数なら、100点満点中80点、というように客観的な基準があります。ですが体型や外見には、そうした明確な「正解」がありません。だからこそ人は、周りの人やSNS・テレビに映る他人の外見を基準にして、自分の体型を判断しがちになります。この「比べる相手をどう選ぶか」というところに、痩せる必要のない人が痩せたがってしまう理由の一端があります。
人は無意識に「自分より上」と比べてしまう
他人と比べるとき、自分より優れていると感じる相手と比べることを「上方比較」、自分より劣っていると感じる相手と比べることを「下方比較」と呼びます。そして外見に関しては、人は無意識のうちに「上方比較」、つまり自分より魅力的だと感じる相手と比べてしまいやすいことがわかっています。
この「上方比較」と体型への不満の関係を、大規模に調べた研究があります。Myers & Crowther(2009年、Journal of Abnormal Psychology掲載)が、156件の研究・189の統計データをまとめて分析したところ、外見について他人と比べる頻度が高い人ほど、自分の体型に不満を感じやすいことがはっきり示されました。この傾向は男性より女性で強く、また年齢が若いほど強くなっていました。
この結果からわかるのは、体型への不満の強さは、実際の体型そのものだけでなく、「自分より魅力的だと感じる人とどれだけ比べているか」によっても左右されるということです。つまり標準体型やそれより細い人でも、他人と比べる頻度が高ければ、体型への不満は強くなり得るのです。
SNSが「比べる頻度」を爆発的に増やしている
フェスティンガーがこの理論を考えた1950年代と比べて、いまは比較の相手となる「他人」の数も、目にする頻度もケタ違いに増えました。SNSは、きれいに加工・編集された他人の姿を、毎日大量に目にする環境をつくり出しています。
Instagramのような画像中心のSNSは、文字中心のSNSに比べて外見の比較を誘いやすく、体型への不満につながりやすいことが指摘されています(Fardouly & Vartanian, 2016)。動画についても、TikTok利用者を対象にした研究では、投稿はせず眺めているだけの「受け身の使い方」をしている人ほど、外見や体重への自己評価が下がりやすく、その理由は動画を見ている最中に無意識に行っている比較にあることが示されています(Pan et al., 2023)。
つまりSNSは、社会的比較理論が想定していた「他人と比べる」というプロセスを、以前よりずっと頻繁に、そしてより強く起こさせる装置になっていると考えられます。
「見られる自分」を意識してしまう心のクセ
社会的比較理論と並んで知っておきたいのが、Fredrickson & Roberts(1997年)が提唱した客体化理論です。これは、外見を重視する文化の中で生きるうちに、女性が自分の身体を「他人から評価される対象」として見る視点を、自分の中に取り込んでしまう、という考え方です。
この視点が身につくと、人は日常的に自分の外見を気にして見張るようになります。その結果、実際の体型がどうであるかとは関係なく、常に「見られている自分」を意識し続けるようになり、これが痩せたい気持ちが長く続く土台になっている可能性があります。
社会的比較理論が「なぜ人は他人と比べるのか」を説明する理論だとすれば、客体化理論は「なぜその比較をやめられないのか」を補って説明してくれる理論だと言えるでしょう。
体型のとらえ方と、どう付き合っていくか
ここまで見てきたように、「痩せる必要のない人が痩せたがる」という現象は、意志が弱いとか、情報が足りないといった話ではなく、他人と比べるという心の働きである程度説明できます。この仕組みを知っておくこと自体が、体型への不満と少し距離を置く第一歩になるはずです。
また、医学的に必要のない痩身が、月経不順や骨密度の低下といったリスクにつながることはすでにわかっています。「痩せている=健康」という単純な話ではない、という点も、自分の体型のとらえ方を見直すうえで頭の片隅に置いておきたいところです。
まとめ
- 日本人女性の20〜30代の5人に1人が、医学的に「やせ」に当てはまる。標準体型・やせ体型でもダイエットをする女性は、1990年代から一貫して一定数いる
- 社会的比較理論(Festinger, 1954)は、はっきりした基準がない外見について、人が他人と比べることで自分を評価してしまう傾向を説明する
- 外見について他人と比べる頻度が高い人ほど、体型への不満を感じやすい。この傾向は女性で男性より強く、若い人ほど強い(Myers & Crowther, 2009のメタ分析)
- SNSは、他人と比べる頻度と強さを引き上げる環境になっている
- 客体化理論(Fredrickson & Roberts, 1997)は、「他人から見られる自分」を意識してしまう心の仕組みを説明し、比較がやめられなくなる土台となる
もちろん体脂肪率の高い人がやせることは健康につながりますが、自分が本当に痩せた方が健康になるのかは一度BMIの計算などで考えた方がいいと思います。
参考文献
- Festinger, L. (1954). A theory of social comparison processes. Human Relations, 7(2), 117-140.
- Myers, T. A., & Crowther, J. H. (2009). Social comparison as a predictor of body dissatisfaction: A meta-analytic review. Journal of Abnormal Psychology, 118(4), 683-698.
- Fredrickson, B. L., & Roberts, T.-A. (1997). Objectification theory: Toward understanding women’s lived experiences and mental health risks. Psychology of Women Quarterly, 21, 173-206.
- Fardouly, J., & Vartanian, L. R. (2016). Social media and body image concerns: Current research and future directions. Current Opinion in Psychology, 9, 1-5.
- Pan, W., Mu, Z., Zhao, Z., & Tang, Z. (2023). Female users’ TikTok use and body image: Active versus passive use and social comparison processes. Cyberpsychology, Behavior, and Social Networking, 26(1), 3-10.
- 厚生労働省「令和5年国民健康・栄養調査結果の概要」p.5(肥満及びやせの状況)
- 長島由佳「日本における若年女性のやせに関する諸問題─生活習慣病を中心に─」慶應保健研究, 41(1), 71-76, 2023.
- 独立行政法人国立健康・栄養研究所「国民栄養の現状(平成8年)」(1996年の20歳代女性のダイエット実施率・体型別内訳の一次データ)

