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ストレスで食べ過ぎてしまうのはなぜ?コルチゾールと食欲の関係を一次文献から解説

ストレスと過食の悪循環インフォグラフィック
むー

「ストレスが溜まると、つい食べ過ぎてしまう」。多くの人が経験したことのある感覚だと思います。この記事では、こうした日常的な「ストレス食い」「情動的摂食(emotional eating)」を、生理学・心理学の一次文献に基づいて整理します。

ここで扱うのは、あくまで日常的な範囲での「食べ過ぎ」です。過食性障害(binge eating disorder)のような、診断基準を伴う摂食障害とは区別して考える必要があります。後者は医療機関への相談が前提となるテーマなので、本記事の対象外です。

また、先に断っておきたいことがあります。「ストレスがあれば誰でも過食する」というほど単純な話ではありません。研究結果を見ていくと、ストレスと食行動の関係は個人差が大きく、影響の大きさも決して”劇的”なものではないことが分かります。この記事では、その実際の大きさも含めて整理していきます。

急性ストレスと慢性ストレスで、食欲への影響は違う

ストレスと食行動の関係を整理したレビュー論文であるTorres & Nowson(2007)は、ストレスが食摂取量に与える影響について、増加する場合と減少する場合の両方があり、これはストレッサーの強度によって左右される可能性があると述べています。

つまり、「ストレス→過食」という一方向の単純な図式ではなく、次のような傾向が報告されています。

  • 急性のストレスでは、交感神経系の活動が優位になり、消化機能が一時的に抑制されるため、むしろ食欲が落ちる人も少なくありません
  • 慢性的に続くストレスでは、エネルギー密度の高い食品(糖分や脂肪分の多い食品)への嗜好が強まる傾向が報告されています

同論文では、慢性的なストレスは将来的な体重増加と因果的に関連している可能性があり、その影響は男性でより大きく見られたとも報告されています(Torres & Nowson, 2007)。

ここで重要なのは、「急性ストレスでは食欲が落ちる人もいれば増える人もいる」「慢性ストレスの方が過食方向への影響が報告されやすい」という、あくまで”傾向”の話だという点です。

この急性/慢性の非対称性は、日本国内の公的情報でも同様に整理されています。厚生労働省が運営する「e-ヘルスネット」の「ストレスと食生活」というページには、次のような説明があります。

急性ストレスでは交感神経が働き、食欲を抑えます。慢性ストレスではストレスホルモンにより脂肪が貯め込まれるため肥満になりやすいですが、逆に痩せる人もいます。やけ食い・無茶食いは手軽なストレス解消法ですが、過ぎないことが大切です。

ここでの「やけ食い・無茶食い」は、診断基準を伴う過食性障害のことではありません。本記事で扱っている、日常的な範囲の食べ過ぎを指した表現です。この説明は、海外の一次文献の知見と方向性が一致しています。

ただし一点補足すると、この厚労省の説明は「ストレスホルモンによる脂肪の蓄積」という、いわば代謝の経路に重点を置いた説明です。次の章で扱う「食欲や食行動が変化する経路」とは、厳密には別のルートを指しています。

メカニズム:コルチゾールと脳の「報酬系」

なぜ慢性的なストレスは、過食、特に高カロリー食品への欲求につながりやすいのでしょうか。このメカニズムを提唱した代表的な一次文献が、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されたDallman et al.(2003)です。

コルチゾールから始まる連鎖

Dallman et al.(2003)は、次のようなプロセスを提案しています。

  1. 慢性的にストレスにさらされると、副腎皮質から分泌されるグルココルチコイド(コルチゾールなど)の濃度が持続的に高くなる
  2. 高濃度のグルココルチコイドは、脳の扁桃体中心核でCRF(副腎皮質刺激ホルモン放出因子)のmRNA発現を増加させる。この部位は「感情の脳」の重要な結節点とされる
  3. 同時に、グルココルチコイドは、砂糖・脂肪・薬物の摂取や運動などの「快楽的・強迫的な活動」の顕著性(サリエンス、注意や行動が向きやすくなる度合い)を高める

この論文では、人が「comfort food(慰めの食べ物)」を口にする背景には、こうした慢性ストレス反応ネットワークの活動を鎮めようとする働きがあるのではないか、という仮説が示されています。これがいわゆる「comfort food仮説」です。

モデルとしての整理:Adam & Epel(2007)

このメカニズムをさらに整理したのが、Adam & Epel(2007)です。「報酬ベースのストレス性摂食(Reward Based Stress Eating)」というモデルとして提示されました。この論文は同分野で非常に多く引用されている(2020年代の集計で1,600件以上)基礎的なレビューです。コルチゾールと脳の報酬回路が、カロリー密度の高い食品の摂取をどう動機づけるかを整理しています。

まとめると、次のような流れが、現時点での主要な仮説的メカニズムです。

ストレス → コルチゾール上昇 → 報酬系の感作 → 高カロリー食品への欲求

ただし、これはヒトを対象とした直接的な介入研究というより、動物実験や生理学的知見の積み上げから構築されたモデルです。この点は留意しておく必要があります。

誰もが同じように反応するわけではない:個人差

同じようにストレスを受けても、過食に傾く人もいれば、そうでない人もいます。Adam & Epel(2007)のレビューで紹介されている知見として、次のような個人差の要因が挙げられています。

  • コルチゾール反応性の高低:ストレス負荷に対してコルチゾールの分泌量が大きく上昇するタイプ(high cortisol reactor)は、そうでないタイプ(low cortisol reactor)に比べて、ストレス後の摂食量が増加しやすい傾向があります
  • 制限的摂食(dietary restraint)の傾向:普段から食事制限を意識している人は、ストレス下でその抑制が外れやすく(脱抑制)、過食につながりやすい傾向があります

この点はTorres & Nowson(2007)でも同様に指摘されており、慢性的な食事制限を報告する人ほど、ストレス後にエネルギー摂取量が増加しやすいことが述べられています。

つまり「ストレス性の過食」は、万人に一様に起こる現象ではありません。生理的な反応性や普段の食行動パターンによって、影響の受けやすさに個人差があると考えられます。

実際のところ、効果の大きさはどれくらいか

ここまで見てきたメカニズムや個人差の議論は、いずれも「ストレスと過食が関連しうる」ことを示すものです。では実際に、その影響はどれくらいの大きさなのでしょうか。

これに答える形で行われたのが、Hill et al.(2022, Health Psychology Review)による系統的レビュー・メタ分析です。この研究では23,104件の文献をスクリーニングし、54件の研究(合計対象者数119,820人)を統合しました。ストレスと食摂取量の関連を定量的に検証した、この領域で初めてのメタ分析とされています。

主な結果は次の通りです。

  • ストレスと全体的な食摂取量との関連:Hedges’ g = 0.114(小さいながら統計的に有意な正の効果)
  • 不健康な食品の摂取との関連:g = 0.116(増加方向)
  • 健康的な食品の摂取との関連:g = −0.111(減少方向)

つまりストレスは、「食べる量そのもの」よりも「何を食べるか」に影響しやすいということです。不健康な食品の摂取が増える一方で、健康的な食品の摂取は減る。そうした非対称なパターンが確認されています。ただし、効果量そのものは統計的な基準で見ると「小さい」部類に入ることは、正確に理解しておく必要があります。

また同研究では、検討した調整変数のうち有意だったのは「制限的摂食の傾向」と「不健康な食品摂取」の関連のみでした。他の要因については、明確な説明因子を特定できませんでした。研究間のばらつき(異質性)も有意であり、これは現時点の知見では十分に説明しきれていません。

エビデンスの限界

ここまでの内容を踏まえた上で、この分野の研究にはいくつかの限界があることも押さえておく必要があります。

  • 研究デザインの異質性:実験室で人工的に与えられる急性ストレス負荷(暗算課題など)と、日常生活の中で経験する慢性的なストレスとでは、生理的反応も行動への影響も異なる可能性があります。両者を単純に同列に扱えない点は、Hill et al.(2022)でも指摘されています
  • 因果の方向性:「ストレスが過食を引き起こす」のか、それとも「高カロリー食品の摂取がストレス反応を一時的に和らげることを学習した結果、繰り返されるようになる」のか。双方向の関係が想定されており、どちらが主要な経路かは研究によって結論が分かれます
  • 異質性の未解明:Hill et al.(2022)のメタ分析でも、研究間のばらつきの大きさは、検討された調整変数だけでは十分に説明できていません

これらの限界を踏まえると、「ストレス食い」を個人の意志の弱さの問題として単純化するべきではないでしょう。生理学的な裏付けのある一方で、まだ解明されていない部分も多い現象として捉えるのが適切だと考えられます。

まとめ

  • ストレスと食行動の関係は、急性か慢性かによって異なり、慢性的なストレスほど高カロリー食品への嗜好が強まる傾向が報告されている
  • そのメカニズムとして、コルチゾール上昇→脳の報酬系の感作、という仮説モデルが提唱されている(Dallman et al., 2003; Adam & Epel, 2007)
  • コルチゾール反応性や食事制限の傾向など、個人差の影響も大きい
  • 最新のメタ分析では、ストレスと食摂取量の関連は統計的に有意ではあるものの、効果量としては小さく、「量」よりも「食品の質」への影響がより顕著(Hill et al., 2022)
  • 研究デザインの異質性や因果の方向性など、まだ解明されていない部分も多く残っている

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参考文献

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歯科医師・ブロガー
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